「大人になること」と、「波風を立たせないこと」と「清濁併せ呑む」こととは少しづつ趣が違う。

2015年11月05日 00:38

「大人になること」と、「波風を立たせないこと」と「清濁併せ呑む」こととは意味が違う話。

少々の羽目を外した行為は柔軟に受け入れましょう。わざわざに場の調和を濁してまで注意したり叱ったりするのは“大人気ない”ですよ。という人がいます。私も、小学生や中高生の行儀が少々悪いぐらい目をつぶってもいいのではないかと思えることもありますし、実際の現場において口をつぐんで済ませてしまうこともあります。しかし本音を言えば、私にはどうしても“見て見ぬ振り”が毎度毎度出来る事が、大人の証だとは思えないのです。しかもその対象が、成人の範疇であれば尚更です。もっと言えば、躾の悪い子供は、公共意識の薄い大人に育てられたからじゃないのだろうか?と思えてなりません。

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けっこう混んでいる電車内で補助席を出して、いびきをかいて寝ている30代と思しき男性。
自分のバッグを隣に座らせて、席を占領していました。

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それなりに混雑をしている電車で優先座席に荷物を置いて、占領する70歳と思しき女性。
杖を突いた80歳ぐらいの女性が、「座らせてほしい」と頼んだが、「荷物があるから」と拒否しておられました。

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相当混雑している電車で、優先座席に、子供と一緒に寝そべって占領する、若いお父さん。
写真を撮った後、次の駅での降車をお勧めすると、快く受け入れてくれました。

私は子供の頃、ずいぶんと周囲に心配をかける行為を沢山行っていたので、周りの大人からは常々「公衆道徳を守れないまま大人になったら、あなた自身が困るのだから行儀よくしなさい」と叱られ教えられたものだったが、こういう”叱られる機会を持たない社会“の惨状を目にすると「大人になって困るのは、その本人ではなくて周囲の人だな」と嘆息せずにおれません。

先にも述べたように、このような公衆道徳を乱す事柄を注意すると、あからさまに「細かいことを。。。」と表情を曇らせる連中が多いのが最近の風潮です。しかも、明らかに迷惑を被っているであろうと思える側にいる者たちも同じように顔を曇らせ「わざわざにいらんことを言うなよ」的な空気を醸し出されます。上の写真を撮った際もまさにそんな感じでした。。きっと彼らにとっては大切なのは無法行為を正すことによって被るかも知れない二次的被害を避けることや、その場の空気を乱さない事なのだと思う。
残念なことではありますが、そんな一種日和見的な風潮は、ウチの会社内にも見て取れます。堕落は加速して底知らずです。
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