SOC(Sense of Coherence)について02

2015年09月04日 00:43

SOC(Sense of Coherence)について02

SOC欠如者の傾向

引き続き、筑波大学大学院教授 松崎一葉氏の記事より、SOC(Sense of Coherence)について書きます。

SOC欠如者は前項で触れたように、「ストレスに耐えて葛藤を克服できる能力」「相手の感情を感じて自分の感情を適切にコントロールできる能力」の不足から、自分の周囲で起こる又は起した現象を上手に受け入れることが出来ないために、ストレスを感じることで周囲との調和が取れず共存という場に身を置けないことが多いため人格の成熟が遅れています。

本来こういったストレス耐性は、就学期に何度かの反抗期や思春期において、親や友人、先生や近所の大人などとのかかわりで生じる疑問や不満からくる葛藤を乗り越えることで身に着けていく能力ですが、1960年以降のベビーブームから以降少しずつ表れ始め最近では特に顕著だと思うのですが、、本人を囲むすべての人間関係が希薄化してしまい、家族からは俗な言い方ですが過保護に育まれ「揉まれたり、触れ合ったり」という経験をあまりせずに大きくなっています。

他人とのディベートのなく、鬱積する不満に葛藤することもなかったため、そのような感情を押し込めて、「厭々でも納得する」とか「折り合いをつける」という観念を持ち合わせていない人が多いです。そのため、「相手の立場に立つ」とか「気持ちを推し量る」と言ったこともできず、とことん自分の考えや主張を押し通そうとします。もしそれで、他人との溝が出来ても、周囲のリベラルな大人がそれとわからないように上手に包み隠して、「優劣のつかないように」済ませてしまいます。当然そのような環境で育った人は、同じようにリベラリズムに染まり、競争主義や資本主義に相いれず争いごとを避けて未熟なまま大人になっていきます。切磋琢磨できない、腹を割って話せない共同の目的を持てないといった未熟な社会人になっていきます。

そんな彼らの意識指向の特徴は次の通りだと松崎氏は言います。

1 他罰性と内省の欠如
「仕事がうまくいかないのは上司・先輩の指導が悪いからで、自分は十分にがんばっている」と考えます。物事がうまく運ばなかったのは自分のせいではなく自分のことを理解しない周囲が悪い、俺のことを理解しない奴は頭が悪い、と考えがちです。決して反省しませんから成長しないのです。

2 現実検討能力の欠如(青い鳥症候群)
「この部署の仕事は自分に向いていないから、やる気が起きない。◯◯課なら必ずうまくやれるのに」と常々もらします。本当に自己実現できる職場ならやる気が起きるけど、ここでは無理と考えます。上手くいかないと直ぐに異動願いを出そうとします。自分が会社に適応しようと努力するのではなく、会社は自分の能力を生かすために適正配置をするべきだ! と信じて疑いません。

3 自己イメージの肥大
 自己愛が強くナルシストのため、現実を冷静にみることができなくなっています。思いつきやテレビで見た浅い知識をもとに、勇んで胸を張り、業務について前向きな提案をしますが、内容はあきれるほど稚拙。しかし本人は全くその認識がなく自信にあふれています。むしろ自分の提案を取り入れない上司は理解力が足りない仕事のできない奴だと思っています。

4 高いプライド
 自己愛が強いので自分の非を認めず、助言や指導を受け入れません。自身への適切な指導に対して表面的には聞きますが、決して従おうとせず、強く指導するとふてくされます。もともとの能力が高い人ほどこの傾向が強く表れます。彼らの多くは、受験戦争で失敗してこなかったのです。もし失敗したとしても「それはあなたのせいではない、評価しなかった学校が悪い」と、お母さんが言ってくれました。プライドが傷つかないまま、すくすく育ったのです。

5 情緒的共感能力の欠如
 他人の心の痛みがわかりません。自分の痛みは、本当に痛む前に母親がかばってくれましたから、深く傷ついた経験がないのです。友人と取っ組み合いのケンカをした経験もないので、自分の痛みも人の痛みもわからず、限度を知りません。支援されてあたりまえだと考えていますから、先輩や上司が親身の指導をしてくれても、自分の仕事が片付けば先にさっさと帰宅してしまいます。感謝の気持ちが薄いのでやがて支援が少なくなります。

これらが皆、SOC欠如から生じる“癖”のようなものとは言えないとは思いますが、現実を受け入れられず逃避的な感情をもって適当に気楽な生活を送って、調子のいいことばかり言っていられる時は良いのですが、一旦ストレスのかかる場面に遭遇するととても弱く、強く叱責すると翌日から出社しなくなってしまったり、時には親身の指導を「パワハラである」と言い出します。

こういう輩に、正面から昭和テイストの正論をぶつけても、思考や感情の基礎を形成する幼少期に身に着けた判断基準や常識が全く違うので、まるで上司は異世界の言葉をしゃべっているように聞こえているのだろうと想像します。だから「暖簾に腕押し」『糠に釘』になる事は容易に想像できます。また、”心の風邪”を患うことに抵抗がない者も増加傾向にあるようで、法で認められた権利だからと、心療内科の診断書を手に持って堂々と傷病手当を求めてくる輩もいます。確かに権利主張はけっこなのですが、大前提に権利と義務はセットであって、自分の仕事の出来不出来や、周囲との関係性(共存性)を鑑みる事も必要なのですが、先の5つの傾向からもそのような理屈はお構いなしてす。結局、おだててすかして、褒めて伸ばすなどという方法で接することが、互いに軋轢のない効率の良い指導方法だとなります。しかしそれでは、彼らを甘やかし続けてきた両親や、社会に通用しない論理を植え付けてきた教師と同じになってしまいます。私は、会社はもちろん、自分の子や孫の生きていく社会が、厳しい国際情勢に対応して国家を繁栄させる可能性にかけて、親や上司は安易に下流に身を置くべきではないと思います。それが、親心だと思っています。
しかし、こんな「凄く嫌な奴ら」が、周囲を見渡すと、たくさん見受けられて背筋がぞっとします。ね

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