短期集中連載「柳本有二闘病記」、おかげさまで今、私は生きています--おまけ

2009年05月13日 00:05

ゆずりはゼネラルアドバイザーである
神戸常盤大学柳本有二教授の、
心臓僧帽弁閉鎖不全手術の闘病記録を
映像でお伝えいたします。
本日は、おまけの2回目です。


1、術後のリハビリの最中、PTや、Nsが寄って来て、急遽授業が始まりました。
  治療を受けながら、エアロバイクを漕ぎながらの授業です。
  テーマは、やはり「生死感」ですね。   
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2、退院目前。メッセージです。
  本当に、無事でよかったですよ。
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短期集中連載「柳本有二闘病記」、おかげさまで今、私は生きています--おまけ

2009年05月06日 00:05

ゆずりはゼネラルアドバイザーである
神戸常盤大学柳本有二教授の、
心臓僧帽弁閉鎖不全手術の闘病記録を
映像でお伝えいたします。
本日は、おまけの1回目です。


1、入院の翌日、早朝からトレーニングです。
  誰もいない1階のエントランスホールや非常階段で
  こっそりです。
  この後最上階にある食堂で、モーニングタイムを満喫しておりました
   しかし、どうして上半身裸なのでしょう?
   
  

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2、手術直前と、ICUから戻ってすぐの姿です
  たった2日間なのに、ずいぶんスリムになられています

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来週は、退院時の映像と、リハビリ中の映像を予定しています。

  


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短期集中連載「柳本有二闘病記」、おかげさまで今、私は生きています(4)

2009年04月29日 00:05

ゆずりはゼネラルアドバイザーである
神戸常盤大学柳本有二教授が、
先日の心臓僧帽弁閉鎖不全手術の闘病記を
自ら書き上げられました。
本日その最終回です。



「柳本有二の生死観はやはり健康志向なのだ」の巻


皆さんにご心配いただきながら、めでたく手術は成功しました。
しかしその後、2泊3日の集中治療室(ICU)における
過酷な日々が待っていました。

ICUでの生活で、とにかく困窮したのは
「動けない」ということでした。
それも、ただ単に「動きまわれない」のではなくて,
身体の、各部分を「動かすことが出来ない」のです。
心臓の手術ということもあるでしょうが、
点滴や検査機器など様々なものが身体にくっついており,
首ならまだしも指までもが思うように「動かせない」のです.
それはほんの2日間でしたが、私は気が狂いそうになりました。
皆さんは,ご経験があるでしょうか?想像できますか?
動けないということはもちろんのこと
身体は置き場のない痛みで仕方ありません。
時間は,ゆっくりとしか過ぎていきません。
いつ開放されるかわからない、先が見えない
永遠とも思える時間は遅々として進まないのです。
とにかく動けないということは、こんなにつらいものかと痛感しました.
もう手術はごめんしたいと心から思ったのはまさにこの時でした。

三日目の朝,事態は動きました。
看護師さんが来られて、私に向って
「ICUを出て一般病棟に移るために、
点滴や検査機器のコードなどを徐々に外していきますね」
と言われました。
この瞬間,不思議なことですが比喩ではなく実際に、
急に目の前が明るくなったと感じました。
大げさですが解放される希望を持ちました。
すぐにでも開放されると思ったのですが、
首に点滴があったので,医師しか外せずしばらく待ちました。
しかし程なく私はICUから脱することが出来ました。
そして,一般病棟に戻りましたが、そこはもう天国でした。
しかし,思いがけない副作用的事態が私を襲いました。
腰の痛みが激しく思うように動けなくなっていたのです。
これは、ICUで動けなくなっていたことが原因で,
筋が硬直したりしたためと思います。トホホ。。。。

ICUより帰還
ICUから帰還直後です。幸せそうでしょ?

このICUでの生活は,私のこれまでの考え方を変えました.
特に,死生観は全く変わりました。
というよりも今まで気づいていなかった“ある観点”が
いかに重要なことであるかを考えさせられたのです。
確かに最近は,死生観の重要性がうたわれるようになりました。
しかし私は,今まで「生死観を持つということ」に実感がなかったのです。
それが今回の一連の経過を通して,はっきり知ることが出来ました。
気づいた“ある観点”とは
「人は臨終を前にして,必ず動けなくなる時期が来る」ということです.
今現在がどんなに輝いていても、どんなに健康であっても同じなのです。
突発的な事故や発作でもない限り,皆が等しく同じ時期を迎えます。
ここに死生観が生まれるのです。

最近は,科学の進歩によって生活は便利になり,身体は楽になりました。
しかし,ヒトは生物である限り,その便利なもの楽なものもいずれ
意味のない時期が来ます。つまり死亡するという事です。
たとえ人間の代わりとして動くロボットをいくら開発しても,
我々の命を永遠に保証はしてくれません.
そして,人生の終わりの姿を代わってはくれません.
つまり身体が動かなくなっていく時期、その先にある死は
皆に等しく、必ず訪れるものなのです。
自分の人生の終着を迎えることは自分の代わりには、誰にも出来ないのです。
だからこそ,それを感じた今回のICUの経験は,奥深いものでした.

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翌日には、トレーニングしておりました

今回は,回復しました.
しかし,いずれまた動けなくなる時がいつの日か来るでしょう。
「もしかしたらそれは,私の最後の時かも知れないな」
ということを、悟りにも似た感覚で感じました。

この手術の経験がなかったときの私は,いつも
「さあこれから楽しく生きていくために運動や姿勢を改善しましょう」
と話していました。
つまり,永遠に身体は元気でいることが当然のように感じていたのです.
しかし今は,人生の最後の日を受け入れるためにも,
「せっかく生きているのなら,
できるだけ長く仲間や後輩たちと交流して,
自分にとっていい人生だったなと感じられるように生きようよ」
と伝えたくなったのです。
そのためにも普段は,元気でいましょう。
それでもいつか病気によって治療や手術が必要になった時,
それに抵抗できる体力や身体を事前に備えて作っておくことが
大事な気がしています.
たぶんこれからの健康づくりは,
よりよい最期のための健康づくりかも知れませんね


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退院直後、神戸市長田区での講演の模様です 

約1ヶ月に渡る連載も無事終稿を迎えることが出来ました。
読んで下さった方々から、たくさんのコメントをいただきました。
おかげさまで私は、これからも生きていきます。
この入院で掴んだ”生死感”は、
今後の私の大切なテーマになると思います。ありがとうございました。
生きていくということの意味を大切に考えていきたいと思います。
今後の更なる活動に、乞うご期待くださいませ。


好評をいただいておりますので来週は「おまけ映像」をアップいたします
お楽しみに

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短期集中連載「柳本有二闘病記」、おかげさまで今、私は生きています(3)

2009年04月22日 00:05

ゆずりはゼネラルアドバイザーである
神戸常盤大学柳本有二教授が、
先日の心臓僧帽弁閉鎖不全手術の闘病記を
自ら書き上げられました。
本日その第3回目です。計4回の連載で、毎週水曜日にアップいたします


「柳本有二流、快適な病棟入院生活」の巻

入院から、手術までは一応は普段通りの生活です。
手術当日まで、検査入院2日間です。
病気を患っているとはいえ入院したからといって
今までの症状が急に悪化するわけではありません。
だから、過密な検査の間を縫って、研究と運動にいそしんでおりました。
ちょっとだけ、過激なトレーニングをして、叱られちゃいましたけど、
まあご愛嬌の範囲だとおもっております。

手術直後にICU(集中治療室)へ入いりました。
地獄の体験を経験しました。詳しいお話は次回にしましょう。
今回はICUの後に移った個室での出来事についてお話しいたしましょう。
期間は5日間でした。

私の病院での生活指向は,できるだけ自分の家のようにすることです。
ですから,荷物も多いので移動が簡単なように,
キャスター付きのケースなどを用意しました。もちろんスーツケースも。

原稿締め切りもあるので,パソコンや本もどっさり準備しました。
そしてほぼ完璧な部屋になりました。
看護師さんに「ここは病室ではないですね」と言われてしまいました。
しかし、実はこれも私が意図したものなのです。
つまり入院したからと言って,病人にならないで早く回復するためには,
「普段の生活からあまり変化させない方が良い」と考えたのです。
だから,部屋から出るときは必ずジャージに着替えるようにしました。
パジャマや寝間着で廊下を出歩いたり
売店へ行ったりということはしませんでした。
食事も朝食は,屋上のレストランでモーニングを食べていました
勿論、入院食は朝も配膳されてきますが,あまり食べませんでした。
だって、病院の朝食っていかにも病人を髣髴とさせるじゃないですか。
皆さんはそう、お思いになられませんか?
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毎朝,6時に起きて誰もいない一階のフロアーを
ウォーキングしていました。
階段の上り下りもしてました。
たまに,ファミマの低脂肪アイスクリームが私を呼んだので(?),
横断歩道を渡って買いに行きました。
午後は,サティのソフトクリームが呼んだので(??),
ちょっと歩いていきました(看護師さんごめんなさい)。

H210319 1700 02

ゼロカロリーコーラにはまってよく飲んでました。
そんなわけですから,あまり患者のイメージもなく
どんどん回復するので,一週間も経たないうちに
退院していいと言われ,五日で退院しました。
退院二日目には,長田区で講演していました。

心臓手術としては,異常な早い退院だそうです。
予定より早い退院で,ちょっとなごり惜しくなりました。
退院前夜の消灯前。9時過ぎ辺り,
昼間は,人でいっぱいになる一階のフロアー。
そこに立派なピアノが置いてあります。
ピアノには、不慮の事故を防止するために、
立入禁止を示すロープが張られております。
わたしは、その立入禁止用に張られたロープを乗り越えて(??)
ピアノのそばに座ってコーヒーを飲んでおりました。
そのピアノは,自動で鍵盤が動いて音がなるものです。
誰も触らずに演奏するものだから蓋も開かないだろうと思っていました。
ちょっとした悪戯心で開けてみました。
なんと、開いたではありませんか!赤いレースもついていました。
しかし,自動ピアノですから音は鳴らないと思っていました。
好奇心からドミソと鍵盤をたたきました。
するとなんと,音が響いてしまったのです。
この時間は就寝消灯直前で,フロアーにいるのは私一人だけです。
全く一人で静かです。しかも病院です。
乾いたドミソの音がフロアーに響きました。
「叱られる!」はっきり言って弾いた自分が一番怖くなりました。
直感的に私の脳みそに響いた声は「逃げろ!」でした。
守衛さんが来る前に病室に駆けて戻りました。
心臓手術からわずか5日目の夜の出来事です。
バクバクと不平を言う自分の心臓をなだめながら
「病み上がりの身体にはあまりよろしくないなぁ。。。。」
と反省いたしました。
みなさんも,病院のピアノは弾いてはいけませんよ.特に夜には..

 
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という感じで,一般病棟での入院生活は,快適な(?)生活でした。
次回は、ICUでの恐ろしい経験をお話しします、乞うご期待。


さて次回の第4回は「柳本有二の生死観はやはり健康志向なのだ」の巻です
お楽しみに

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短期集中連載「柳本有二闘病記」、おかげさまで今、私は生きています(2)

2009年04月15日 00:05

ゆずりはゼネラルアドバイザーである
神戸常盤大学柳本有二教授が、
先日の心臓僧帽弁閉鎖不全手術の闘病記を
自ら書き上げられました。
本日その第2回目です。計4回の連載で、毎週水曜日にアップいたします


「柳本有二は病気を享受しているのだ」の巻

前回は、私が手術を決意するところまでをお話しいたしました。
今回は、闘病生活の中で感じた、「違和感のようなもの」について
少しお話ししたいと思います。

さて、手術前に私は,仲間たちにこの手術のことを説明しました。
すると,多くの人が,胸を開く開胸術のため,
大手術と思われて大騒ぎされました。
しかし、私は,切れた腱策をつなげるだけの手術で
比較的簡単にできるという説明を聞いていたので,
あまり大げさに考えていませんでした。
大概の場合、看護師さんや保健師さんたちは
患者に対して、その症状や、治療の見通しについて
大袈裟に説明する人が多いものなのです。
そのせいで、患者はメンタル的に追いやられて
なんとなく「私は病人なのだ」と思うようになります。
つまり、病人にされていくのですね。

今朝、TVで「あのねのね」の清水国明さんが,
十二指腸ガンが見つかり手術されることを発表され、
記者会見をされていました。
奇しくも、その会見の中で彼は、
私と同じ事を感じておられました。
今回病気になったことで周りにいる人たちから、
「大変だねぇ」とか「可哀相にねぇ」などと,
言われ続けているうちに、だんだんと自分が
「重いガン患者にならないといけない」と感じたと言うのです。

でもこの感覚は,当事者にとってみると変な感じなのです。
私も清水さんも,この病気を受け入れて治すために手術をするのです。
彼は,「ガンに沿って生きていく」と言われておりました。
なのに周囲の人たちは,さも大変そうに動くのです。
確かに心配はありますが,たぶんそれは,
当事者の気持ちを必ずしもくんではいません。
これからの病気は,完治する可能性のある病気が増えます。
あまり大げさに同情しないことです。
また,自分自身も病人にならないことだと思います。
次回は,私の入院生活についてお話します。


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先生が、ご入院されていた病院です
さて次回の第3回は「柳本有二流、快適な病棟入院生活」の巻です
お楽しみに

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短期集中連載「柳本有二闘病記」、おかげさまで今、私は生きています(1)

2009年04月08日 00:05

ゆずりはゼネラルアドバイザーである
神戸常盤大学柳本有二教授が、
先日の心臓僧帽弁閉鎖不全手術の闘病記を
自ら書き上げられました。
本日から4週にわたって毎週水曜日にアップいたします


「柳本有二は手術による治療を決意した」の巻

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私の心臓は,前に紹介されたとおり僧帽弁閉鎖不全症でした。
普通は,左心室から大動脈を通って全身へ血液が運ばれるのですが,
左心房と左心室の間にある僧帽弁がうまく閉まらなくなり,
一部の血液が左心房へ逆流してしまっていたのです。
その逆流によるロスのため,全身に流れる血流量が少なくなり,
息苦しさを感じるようになっていたのです。

事の始めは2年程前に遡ります。
どうして、このような症状が発生したかは不明です。
ただ,定期的に行っている健康診断から
僧帽弁の腱策が切れている状態が判明しておりました。
しかし、特に不快な症状もないので,「うまく乗り切れていければ」
と思って経過観察を続けておりました。

ところが,昨年の暮れ頃から息苦しさを感じることが多くなり,
「こんなに体力が衰えたかなあ」としばらくは
年齢のせいかと疑っていたのではありますが、
その時の症状と僧帽弁の関連は,少し気になっていたものですから,
すぐに診断に行き,年明け早々に大きな病院で検診を受け,
「手術適合の症状である」ということが分かったのです。

そうなれば今度はいつ手術するか?どのようにするか?に問題は発展します。
一般的にこの手術は,開胸手術になります。
つまり,肋骨を切らなければなりません。
これは,かなり大きな手術になります。
そこで,できればそのリスクが少ない術式がないものかと
いくつか調べてみました。
すると,ポートアクセス法という右の乳房の下を開胸して,
心臓へアクセスする方法があることを知りました。
しかし,日本においてこの方法を行っている医療機関は,
東京の慶応大学病院のほか、あまり多くは行われておらず,
関西に住む私は,どうすべきか悩みました。

ところが,奇跡が起きたのです。
なんと,その当時検診した病院の医師が
その術式を行える方で,設備も整っていたのです。

しかし,どのような方法であっても今回の手術は
開胸手術であることには違いはなく,私は悩みました。
しかし,どう足掻いても必ず近いうちには,
手術を行わなくてはならないことと
この術式であれば,低侵襲なため,
術後の回復や傷口も極端に小さくなることを考え,
手術に踏み切りました。

結果,おかげさまで今、私は,生きています。


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「頑張るぞ!」入院初日夕方撮影

次回4月15日(水)
「柳本有二は病気を享受しているのだ」の巻に続く
乞うご期待!

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柳本有二教授が患ったのは僧帽弁閉鎖不全症です

2009年03月25日 00:05

何回にも渡って、柳本教授の心臓手術について書きましたが。
実際、どんな病気で、どんな手術をしたのかをご紹介いたしませんでした。
少々時機を逸した感もありますが、改めてご説明いたします。

先生の患われたご病気は「僧帽弁閉鎖不全症」と言います。
難しい漢字ですね。「ソーボーベン」と読みます

僧帽弁とは心臓の左心室の入り口にある弁の名前です。
この弁が上手く作動しないと心臓の中で血液が逆流を起こしてしまいます、
これを僧帽弁閉鎖不全症といいます。

僧帽弁閉鎖不全症により、
血液が逆流を起こすと身体に行き渡る酸素量が不足してしまうため、
心臓はよりたくさんの血液を体内に送り出さねばならなくなります。
そのため、心臓は部屋の大きさを拡大させたりすることで、補おうとします。
しかし、そういった不自然な状態は過負荷であり、
長く続くと、心臓は疲れて、傷ついてしまいます。
このような状態になるとエコー検査(超音波検査)によって、
稼働の不具合や機能低下が発見されたりしまいます。
この頃になると少しの運動でも
「疲れる」「鼓動が乱れる」「息切れや、めまいがする」
などといった自覚症状も出てきます。
このような、過度の負担をなくすためには
手術をして僧帽弁自体を修理するか、
人工弁に交換する必要があります。

僧帽弁閉鎖不全図01
「東宝塚さとう病院HPより」


今回、柳本教授の状態は、
心室の壁から何らかの理由で外れてしまっていた
ご自分の僧帽弁の根元部分を縫い合わせ、
逆流しないように施術したと聞かされております。



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柳本有二教授 回復情報 おまけ

2009年03月21日 16:16

速報

“ゆずりは”ゼネラルアドバイザーである
神戸常盤大学柳本有二教授
回復状況についてお知らせいたします。
ゆずりはブログは、携帯電話でもご覧いただけます。

こんにちは。
そろそろ闘病日記終わらないと、
だれも信じてもらえなさそうです。
退院二日目、筋トレしました。
自分で撮ってるので、位置がへんですが、
胸のトレーニングです。
傷口を痛めないように、片方だけでも
トレーニングした方が
使ってないほうの筋力も衰えません。
これを交差訓練といいます。
例えば左右の腕は共通の神経回路で
結ばれている部位があります。
だから逆がわにもトレーニング効果が現れます。
お勉強になりました?
ということでトレーニングおしまい。
明日の講演準備に入ります。では。


090321_1042~0001

柳本先生は明日、
長田区役所にて、講演を行います。

http://www.city.kobe.jp/cityoffice/86/contents/life/info/event/event01.html

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柳本有二教授 回復情報 最終回

2009年03月20日 09:35

速報

“ゆずりは”ゼネラルアドバイザーである
神戸常盤大学柳本有二教授
回復状況についてお知らせいたします。

たった今、退院されたとの報せが入りました。

その後、昼食には、coco一番屋のカレーを食べられたそうな

あんたホンマに病人か?
まあ、健康なことは、ええことやわ
なんでか、コメントも、大阪弁なってしもたわ

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柳本有二教授 回復情報 06

2009年03月20日 09:13

速報

“ゆずりは”ゼネラルアドバイザーである
神戸常盤大学柳本有二教授
回復状況についてお知らせいたします。

本日も、朝6時30分、柳本先生より定期便メールが届きました。

いよいよ最終的になりました。
朝の検診は、体温も血圧も酸素飽和ども測ってくれない。
体重だけ。。。。
体重だけなら、自分ではかれるっつうの。
とっとと退院しろということか。

朝は雨だったので、筋トレにしました。

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将来、同じような僧坊弁閉鎖不全の手術をする方のために、
あえて傷口をお見せします。

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ほとんど見えません。開胸手術との違いを実感しました。
医学の常識は次の日非常識になることもあります。
常に自分も進歩を
(^-^)/



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